1957 | 十三代中里太郎右衛門の長男に生まれる 本名 忠寛 |
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1979 | 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業 |
1981 | 同大学大学院卒業 |
1983 | 中里太郎右衛門陶房にて作陶をはじめる |
1984 | 叩き青唐津手付壷「貝緑」にて、日展初入選 |
1990 | 第22回日展にて特選受賞 日本工匠会(日工会)創立会員となる |
1991 | 日工会評議員となる |
1992 | 佐賀県陶芸協会会員となる |
2000 | 第5回アジア工芸展にて文部大臣賞受賞 |
2002 | 十四代中里太郎右衛門を襲名する |
「十四代中里太郎右衛門」
桃山時代の古唐津を復興させた人間国宝中里無庵を祖父に持ち、現代的な装飾で唐津に新たな方向性を示した日本藝術院会員 中里逢庵を父に持つ。2002年の襲名以来、伝統的な井戸茶碗や中里家伝来の叩き作りによる壺などと合わせて、唐津にはなかった中国の技法を用いた掻落しの作品などを制作する。
非常に造形的な作品である「唐津緑釉白地掻落し瓶」など、色彩と細部にいたる装飾に至るまで中国宋時代の壺の写しからもう一歩進んで十四代のオリジナリティが加わっている。
一方、伝統的な井戸茶碗など、故無庵の茶碗の作りを思わせる上品な作風が特徴の一つである。
近年では、土、釉薬のバリエーションも幅広く、様々な素材を用いてこれまでの唐津焼になかった表情の作品を生みだし、これらの作品は使い込み、育てることでより一層新たな表情で生まれ変わっていく。